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日本人メジャーの契約の歴史を綴る

MLBが日本人選手(NPBプレーヤー)と契約するための特別規定は存在しない。
しかし、異国のプロ野球リーグで活躍した選手に対するリスペクトは個々の契約で
盛り込まれているものが多い。その代表的な例が”契約満了時にFA”というもの。

ただ、これには色々な解釈があって、誰でも、どの球団でも約束されたものはない。
選手は高く売りたい、球団は安く雇いたいの原理と同様に、いくつかの駆け引きが
存在していたのは確かだ。


野球ファンなら誰でも知っている、野茂英雄がアメリカに渡ったときは年俸950万円の
マイナー契約だったというのは有名な話だが、実際は契約金として200万㌦の報酬が
入っていた。その年に一大ブームを巻き起こした野茂は、2~3年目まではドジャースの保有権内にあって
年俸調停権の無いまま契約を行い、2年目は60万㌦、3年目は90万㌦と、
同じ身分の選手の中では厚遇だったが、FAではなかったためNPB時代(1994年に1億4600万)よりも低い年俸で
メジャー最初の3年間を過ごした。

その後、調停権利を得て年俸もメジャーリーガーらしい金額にアップした野茂は、
FA権利を持つ2002年までは茨の道を歩んでいった。
最も苦しかったのはメッツを解雇された1999年だったが、その年の内にブリュワーズで復活。
1999年から2001年までに4つの球団を渡り歩いているが、それらはオプション破棄や戦力外といった理由で
2002年のドジャース移籍で初めてFA権利を手にした。

FA資格を得る前の野茂に対し、MLB球団が示した最大のリスペクトは何といっても200万㌦もの契約金ではあるが、これを年俸にセットしなかったのが一つのポイントだ。200万㌦を年俸に盛り込んでしまうと、
翌年以降の金額が大変なことになってしまうし、
当時の球団にとってはそこまでの義理もなかったのだろう。同じように、MIL、DETと渡り歩いた経緯も
詳細が得られてはいないが、オプションという抜け道と何らかの特約が盛り込まれてFAになった見込みが強い。


そして、野茂の実績を追い風として海を渡った長谷川滋利もNPB時代の1億3000万に対して、年俸57万㌦で契約。
金額的にはメジャーの新人に少し色がついただけのものだったが、
FAとなるまでの間メジャーのロースターに帯同し2002年オフにFA権利を得た
(実際には2001年にノンテンダーとなりマリナーズと契約)。


メジャーの球団と初めて契約を交わした時にFAとなる特約を盛り込んだ最初の選手は吉井理人かもしれない。
これは、代理人である団野村のコメントに沿ったものだが、最初は2年契約で話を進めていたが
1年で良いからその代わり契約後はFAにしれくれと交渉した模様。
出来高を含めなければ5000万に満たないものだったらしい。


NPBプレーヤーの価値が高騰したのは伊良部秀輝と佐々木主浩の影響が強い。
伊良部は例の騒動でパドレスを経由してヤンキースに移り、一年目からNPB時代(1億3000万)を上回る
金額(232万㌦)が提示されていた。その後の動向は資料不足で解からない点も多いが、
ニーズが尽きかけた2002年には年俸55万㌦にまで下がり、その後日本へ戻った。
佐々木は日本球界最高(当時)の5億円もの年俸を得た上でFA宣言し、自由な交渉の場を
得ていたのでマリナーズと3年1200万㌦の契約を結ぶことに成功。
しかし、メジャーでのFA権利を得る前に帰国。
最後は契約をしながらも本人の都合で帰国を申し出、
保有権利を持った選手をリリースするかどうかでMLB選手会の見解を求める事態にまで発展。
特例として、解雇が許される形となったようだ。


この段階でイチローがメジャーに行く舞台が整ったといっても過言は無いだろう。
野茂が風穴を開け、伊良部と佐々木が金額のベースを作った。
加えて、任天堂が保有しているマリナーズという球団が落札したことも上手く作用し、
NPB時代とそれほど変わらない金額で入団出来たのは幸いだった。

そのイチローが目覚しい活躍をして、NPBプレーヤーの株はさらに上昇した。

Shinjoは詳細が掴めないまま。



2002年に、年俸1億4600万の石井一久がポスティングでドジャースと3年契約を交わしたときは
300万㌦近くまでアップする好条件だった。年俸調停権を得た4年目はさらに357万㌦へとアップしたが、
メッツ移籍と同時に低迷。翌年に日本球界へ復帰したが、2005年オフにリリースされた日付が
12/9となっていることから、オプションの破棄や契約後FAの条件が入っていたとは考え難い。
通常この時期はウィンターミーティングを行っているので、ノンテンダーの可能性が強いが
本人にその気があったらメジャー球団との再契約も不可能ではなかったかもしれない。


一方、田口壮は3年契約を交わしながらマイナーに滞在することを余儀なくされ、
メジャーの舞台で羽ばたくようになったのは2004年から。
そのオフに確か、ノンテンダーされたように記憶しているがこれは適正金額に戻すための
処置だったと受け取った方が良いかも。
その後も契約とリリースを繰り返して、2009年のオフにFA資格に届いたかどうかのラインで
9年振りに日本球界へ復帰。
取り敢えず、今の時点では日本人メジャー最高のアンサング・ヒーローといったところか。


松井秀喜はNPBでFA資格を取り、ヤンキースに入団。
2005年までの3年契約が終了後に、契約更新またはリリースの特約事項があると記されている。
■deal requires Yankees to sign Matsui to extension by Nov. 11, 2005, or release him
情報ソース/Cots Baseball Contract
この時点では、金額と特約を盛り込んだ非常に強い契約だったといえる。後に、NPB時代の
報酬を遥かに超える条件が提示されるようになったが、少なくとも日本時代の実績を考慮してもらい、
MLBで育ったFA選手と同等に扱われるようになった最初の一人目か二人目じゃないだろうか
(佐々木、伊良部にその可能性はあるが在籍期間が短いので調べようが無い)。
現在は、2010年にFA資格を取得し身分は自由。

その松井秀喜を超える強力なディールを得たのが翌年の松井稼頭央。
NPB時代の年俸が倍以上になり、メジャー球団と3回の契約を行なっているが
いずれも10月下旬にFA扱いとなっているため、特記事項が含まれていた可能性が高い。
もっとも、楽天と契約した2010年のオフにはメジャーのFA資格にも到達していたので、
お役御免ということで良いだろう。


ここまでの要点をまとめると、


年俸調停権なしを受託・・・・・・野茂、長谷川、

上に同じだが出来高付きでNPBと同程度・・・・吉井、Shinjo

NPB年俸と同程度の契約・・・・・佐々木、イチロー、松井秀、石井、田口

NPB年俸を上回る契約・・・・・・伊良部、松井稼

年俸調停権受託・・・・佐々木、石井、長谷川

契約終了後FAの取り決め・・・吉井、松井秀、松井稼

マイナー経験なし・・・・イチロー

NPBへの復帰なし・・・・野茂、長谷川、イチロー、松井秀

言うまでも無く、最もハングリーだったのは野茂に違いないが、長谷川の条件も中々にして厳しかった。
田口はマイナーでの経験が無ければその先はどうなっていたかわからない。
旬を残して日本に戻ったのは佐々木と見られるが、帰国してから急激に衰えた。
その後、佐々木のような足跡を辿る選手が続出するようになった。
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